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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)155号 判決

東京都新宿区西新宿二丁目3番1号

原告

セイコーエプソン株式会社

代表者代表取締役

安川英昭

訴訟代理人弁理士

石井康夫

鈴木喜三郎

上柳雅誉

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

指定代理人

飛鳥井春雄

今野朗

土屋良弘

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、昭和63年審判第22号事件について、平成3年4月18日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和54年9月18日、名称を「半導体装置の製造方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(昭和54年特許願第119808号)が、昭和62年10月21日に拒絶査定を受けたので、同年12月24日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を昭和63年審判第22号事件として審理したうえ、平成3年4月18日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年6月8日、原告に送達された。

2  本願の特許請求の範囲の記載

「半導体基板に第1導電型ウエル及び第2導電型ウエルを形成した後、能動素子、受動素子を前記第1導電型ウエル及び前記第2導電型ウエルに形成する半導体装置の製造方法において、前記半導体基板上に酸化に対してマスク作用を有する耐酸化膜を選択的に形成する工程と、前記耐酸化膜を形成した部分をマスクとして前記半導体基板中に第1導電型のイオンを導入することにより前記第1導電型ウエル領域を形成する工程と、前記耐酸化膜をマスクとして前記第1導電型ウエル領域を選択酸化し、前記第1導電型ウエル領域上に選択酸化膜を形成する工程と、前記耐酸化膜をエッチング除去する工程と前記選択酸化膜をマスクとして前記半導体基板中に第2導電型のイオンを導入することにより前記第1導電型ウエル領域に隣接して前記第2導電型ウエル領域を形成する工程を有することを特徴とする半導体装置の製造方法。」

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明の要旨を上記特許請求の範囲の記載のとおりと認め、本願発明は、特開昭49-79189号公報(以下「引用例1」といい、その発明を「引用例発明1」という。)及び実願昭52-159679号のマイクロフィルム(昭和54年6月18日特許庁発行、以下「引用例2」といい、その発明を「引用例発明2」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条2項に該当し、特許を受けることができないと判断した。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願の特許請求の範囲の記載、各引用例の記載事項、本願発明と引用例発明1との一致点・相違点の各認定は認める。相違点の検討は争う。

審決は、本願発明の要旨を誤認したため相違点についての判断を誤り、その結果誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  審決は、本願発明と引用例発明1との相違点についての検討において、引用例発明2につき、「第2引用例には、n型Si基板表面に第1のSiO2膜およびSi3N4膜を形成する工程と、前記両膜を選択的に除去する工程と、前記両膜をマスクとして前記基板にボロンを打ちこみ、その後酸素雰囲気中の拡散によりp型ウエルを形成すると共にその上に第2のSiO2膜を形成する工程と、前記Si3N4膜および第1のSiO2膜を除去した後、前記第2のSiO2膜をマスクとして前記基板にリンを打ち込むことにより前記p型ウエルに隣接してn型チャンネルストッパーを形成する工程とを備える半導体装置の製造方法が示されており、また上記第2引用例には前記製造方法の効果として、1枚のマスクでウエルの形成およびウエル間のチャンネルストッパを形成することができ、しかもマスク合せの誤差を考える必要がなく自己整合的に行えることが示されており、さらに上記第2引用例におけるSi3N4膜が、酸化に対してマスク作用を有する耐酸化膜であることは当業者の技術常識である。」(審決書6頁18行~7頁16行)と認定し、「もっとも、上記第2引用例では、n型領域がチャンネルストッパーであって、n型ウエルではないが、第2引用例の方法は、第1導電型領域に隣接して第2導電型領域を自己整合的に形成する方法であるから、この方法がn型ウエルの形成方法に適用可能なことは、当業者には明らかである。」(同7頁17行~8頁2行)としたうえ、本願発明の構成は、「前記第1引用例に示されているP型ウエルおよびN型ウエルを有する半導体装置の製造法に対して、第2引用例に示されている耐酸化膜を利用してP型領域とN型領域を自己整合的に形成する方法を単に適用したものに過ぎない」(同8頁14~19行)と判断した。

2  しかし、引用例発明2において本願発明の第1導電型ウエル領域上に形成される選択酸化膜に対応する役割を果たす第2のSiO2膜は、審決の上記認定のとおり、P型ウエルを形成するために基板に打ち込んだボロンを拡散させてP型ウエルを形成する工程において形成されるものであるから、そこでは、選択酸化膜である第2のSiO2膜の形成は、P型ウエルを形成するためのボロンの拡散と不可分の工程とされていることが明らかである。

したがって、もし、審決のいうように「前記第1引用例に示されているP型ウエルおよびN型ウエルを有する半導体装置の製造法に対して、第2引用例に示されている耐酸化膜を利用してP型領域とN型領域を自己整合的に形成する方法を単に適用した」とするならば、そのようにして生まれるP型ウエル及びN型ウエルを有する半導体装置の製造法においても、選択酸化膜(第2のSiO2膜)の形成はP型ウエル形成のためのイオンの拡散と不可分の工程として行われることにならざるをえない。

そして、選択酸化膜がこのようにして形成されることになれば、P型ウエルの領域が形成された後、この領域に選択酸化膜が形成される過程において、この領域にP型ウエルを形成するための拡散が既に生じているから、N型ウエルの形成は、P型ウエル形成のためのイオンの存在する領域が拡散した状態で行われることになり、したがって、半導体装置を設計する上でのP型ウエルの領域とN型ウエルの領域との境界部分のN型領域側にP型領域が深く入り込むために、設計どおりに正確なP-N接合面を一定位置に止め、所望の境界を形成することは不可能となり、また、P型領域の不純物濃度は、形成時よりも低くなり、本願発明の目的とするところは達成できなくなる。

引用例発明2は、P型ウエルに隣接してN型チャンネルストッパーを形成する方法に係るものであるから、このような不都合を考慮に入れる必要はないが、本願発明のようなツインウエルの形成においては、この問題は重大な意味を有し、この問題の解決こそが、本願発明の重要な課題の一つであったのである。

3  この引用例発明2とは異なり、本願発明においては、選択酸化膜が形成される工程において、第1の領域に実質的意味での拡散が生ずることはない。

すなわち、本願発明では、上記工程において、イオンの拡散を完全に排除し切ることは実際上困難であるとしても、以下のとおり、上述の引用例発明2におけるP型ウエルを形成するためのボロンの拡散の程度に強固な拡散は生じさせないものとされているのである。

(1)  酸化膜の形成と不純物の拡散とは、本来、別個の現象であり、しかも、両者には、一体不可分の関係はなく、拡散を実質的に生じさせない条件のもとで酸化の条件を設定しうることは周知の事項であり、そのための方法も確立された技術である。例えば、「エレクトロニクス」昭和51年4月号(甲第11号証)には、1000~1100℃、酸素-水蒸気混合ガス中で熱処理すれば、実質的に拡散を生ずることなく、シリコン基板表面を酸化させうることが記載されている(同号証49頁3図、47頁右欄9~14行)。

したがって、拡散を実質的に生じさせることなく酸化膜を形成することを示す場合にも、これを表現するに当たり、拡散を生じさせない酸化条件を記載する場合もあるが、それを記載しないことも通例であり(甲第12号証・昭和54年4月25日発行「電子通信学会誌」第62巻第4号394頁図1)、この点は、特許明細書においても変わりはない。酸化条件の記載のある場合(甲第13号証・特開昭48-29376号公報、甲第14号証・特開昭50-51276号公報)も、酸化条件の記載のない場合(甲第15号証・特開昭49-38585号公報、甲第16号証・特開昭49-40485号公報、甲第17号証・特開昭51-135381号公報、甲第18号証・特開昭51-147974号公報、甲第19号証・特公昭52-107777号公報)も、その技術内容は十分に理解できるものである。

(2)  そうとすれば、選択酸化膜のみを形成することを表現するためには、単に「選択酸化膜を形成する工程」と記載するだけで足り、不純物の拡散の生じないことを特に明示する必要はないというべきであるから、本願明細書及び図面(甲第2号証、以下、図面を含め「本願明細書」という。)において、特許請求の範囲の記載のみならず発明の詳細な説明の欄にも、「選択酸化膜を形成する工程」と記載するだけでイオンの実質的拡散について触れていない以上、そこでは、実質的な拡散は生じないものとされていると理解するのが、正当な理解の仕方であるといわなければならない。

のみならず、本願発明の選択酸化膜を形成す、る工程がイオンの実質的拡散を伴わないものであることは、本願明細書において、熱拡散前のP-N接合面のそれぞれの不純物濃度が同一でないことを従来技術の欠点の一つとしてとらえ、本願発明がこれを解決しようとするものであることを明示し(同号証3欄19~40行)、本願発明の作用として、「P型ウエル領域とN型ウエル領域とが接して形成されるP-N接合面は、それぞれの領域の不純物濃度が加熱によつて移動しない程度に等しいので、後工程の加熱条件によるP-N接合面の移動を防止することができる。このような不純物濃度が略等しい導電型の異なる2種類のウエル領域を選択酸化法を用いて形成することにより、・・・」(同4欄26~33行)と記載して、本願発明においては、不純物濃度が同程度である各ウエル領域が隣接形成された後、その状態で各領域における不純物の実質的拡散が行われる旨を明確にしていることからも明らかといわなければならない。

4  以上のとおり、本願発明と引用例発明2との間には、選択酸化膜が形成される工程において、第1の領域に実質的意味での拡散が生ずるか否かで明白な相違があり、この相違は本願発明の課題実現との関係で重大な意味を有するものであるにもかかわらず、審決は、本願発明の要旨を誤認したためこの相違を看過し、その結果これについて何らの検討も加えないまま、本願発明の構成は、「前記第1引用例に示されているP型ウエルおよびN型ウエルを有する半導体装置の製造法に対して、第2引用例に示されている耐酸化膜を利用してP型領域とN型領域を自己整合的に形成する方法を単に適用したものに過ぎない」(同8頁14~19行)との判断に至るという誤りを犯したものであり、この誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は、違法として取り消されなければならない。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。

1  引用例発明2の構成及びその作用効果に関する原告主張は認める。酸化と拡散の関係について原告の述べるところは、あえて争わない。

2  本願発明の要旨の解釈についての原告の主張は、本願発明が、選択酸化膜が形成される工程において第1の領域に実質的意味での拡散が生じないものを包含することの論証とはなりえても、本願発明が同拡散が生ずるものを包含しないとの論証とはなりえない。

まず、本願明細書中には、その特許請求の範囲の記載を含め、選択酸化膜が形成される工程において第1の領域に実質的意味での拡散が生じない旨の明示の記載が一切存在せず、かつ、不純物の拡散を防ぐ特別な手段や条件も何ら記載されていないから、本願発明は、上記実質的意味での拡散が生ずるものと、生じないもののいずれをも包含するものといわなければならない。

次に、原告は、本願発明が、ツインウエルのP-N接合面を一定位置に止めるために、隣接する二つのウエル領域に不純物を濃度が同程度になるように注入した後、初めて、熱拡散処理を行うものである旨を主張するが、本願の特許請求の範囲には、二つのウエル領域の不純物濃度については何も記載されておらず、また、イオン打ち込みによってウエルを形成するに当たり、イオン打ち込み後に熱処理を実施するものであることは当然のことであるものの、二つのウエル領域を隣接して形成した後、初めて、熱拡散処理を行うものである点は、本願の特許請求の範囲に全く記載されていないのみでなく、発明の詳細な説明にも記載されていないところであるから、これらを前提とする原告主張は失当である。

3  審決は、引用例発明1のツインウエルの存在を前提として、引用例発明2の適用を述べているのであり、引用例発明1においては、二つのウエルは深さが異なっており、また、不純物濃度も同じとはいえないものであるから、ウエルの深さ及び不純物濃度等の条件は、当業者が適宜変更できる設計事項というべきことであって、引用例発明2を引用例発明1に適用するに当たっては、このような設計事項を考慮することは当然のことである。

そして、引用例2には、導電型の異なる二つの領域を隣接して自己整合的に形成することが示されており、この技術がツインウエルの形成に適用できないとする合理的根拠も、また格別の事情も存在しないから、引用例発明2を引用例発明1のツインウエルの形成に適用できるとした審決の判断に誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  引用例発明2の構成及び作用効果が原告主張のとおりであり、そこでは、本願発明の第1導電型ウエル領域上に形成される選択酸化膜に対応する第2のSiO2膜は、基板に打ち込んだボロンを拡散させてP型ウエルを形成する工程において形成されること、すなわち、引用例発明2においては、選択酸化膜である第2のSiO2膜の形成は、ボロンの実質的意味における拡散と不可分の工程とされていることについては、当事者間に争いがない。

一方、本願の特許請求の範囲の記載が前示のとおりであり、そこに、「前記耐酸化膜をマスクとして前記第1導電型ウエル領域を選択酸化し、前記第1導電型ウエル領域上に選択酸化膜を形成する工程」において、第1導電型ウエル領域に第1導電型イオンの実質的意味での拡散が生ずるか否かについての明示の記載はないことは、当事者間に争いがない。

原告は、本願発明においては、選択酸化膜が形成される工程において、第1導電型ウエル領域に実質的意味での拡散が生ずることはない旨を主張し、被告はこれを争うが、本願明細書の記載全体を検討すれば、原告の主張するとおりに、本願発明を把握することができるものというべきである。

そうとすると、本願発明においては、第1導電型ウエル領域上に選択酸化膜を形成する工程において、第1導電型ウエル領域に第1導電型イオンの実質的意味での拡散が生じないのに対し、引用例発明2においては、この拡散が生ずるとの差異があるものといわなければならない。

2  ところで、本願の特許請求の範囲に記載された「半導体基板上に酸化に対してマスク作用を有する耐酸化膜を選択的に形成する工程と、前記耐酸化膜を形成した部分をマスクとして前記半導体基板中に第1導電型のイオンを導入することにより前記第1導電型ウエル領域を形成する工程と、前記耐酸化膜をマスクとして前記第1導電型ウエル領域を選択酸化し、前記第1導電型ウエル領域上に選択酸化膜を形成する工程と、前記耐酸化膜をエッチング除去する工程と前記選択酸化膜をマスクとして前記半導体基板中に第2導電型のイオンを導入することにより前記第1導電型ウエル領域に隣接して前記第2導電型ウエル領域を形成する工程」と、原告も認める審決の認定した引用例発明2の構成を対比すると、「前記耐酸化膜をマスクとして前記第1導電型ウエル領域を選択酸化し、前記第1導電型ウエル領域上に選択酸化膜を形成する工程」において、上記のとおり、本願発明においては第1導電型ウエル領域に第1導電型イオンの実質的意味での拡散が生じないのに対し、引用例発明2においてはこの拡散が生ずるとの差異があるとの点、及び、「前記選択酸化膜をマスクとして前記半導体基板中に第2導電型のイオンを導入することにより前記第1導電型ウエル領域に隣接して」形成されるものが、本願発明においては、「第2導電型ウエル領域」であるのに対し、引用例発明2においては、第2導電型のチャンネルストッバーであるとの差異があるとの点を除けば、両者の工程において差異はないと認められる。

そして、この差異を除いた場合、本願発明と引用例発明2とが一致する上記の方法を採用することによって、両者ともに、マスク合わせの誤差を考える必要がなく自己整合的に、第1導電型領域と第2導電型領域を形成することができ、ホトエッチ工程を1回ですますことができることは、上記工程の順序から明らかである。

3  原告は、本願発明と引用例発明2との第1導電型ウエル領域上に選択酸化膜を形成する工程において、上記のとおり、本願発明においては第1導電型ウエル領域に第1導電型イオンの実質的意味での拡散が生じないのに対し、引用例発明2においてはこの拡散が生ずるとの差異があるとの点につき、審決のいうように「前記第1引用例に示されているP型ウエルおよびN型ウエルを有する半導体装置の製造法に対して、第2引用例に示されている耐酸化膜を利用してP型領域とN型領域を自己整合的に形成する方法を単に適用した」とするならば、そのようにして構成されるP型ウエル及びN型ウエルを有する半導体装置の製造法においても、選択酸化膜(第2のSiO2膜)の形成はP型ウエル形成のためのイオンの拡散と不可分の工程として行われることにならざるをえないから、本願発明の目的を達成できない旨主張する。

しかし、酸化膜の形成と不純物の拡散とは、本来、別個の現象であり、しかも、両者には、一体不可分の関係はなく、拡散を実質的に生じさせない条件のもとで酸化の条件を設定しうることは周知の事項であり、そのための方法も確立された技術であることも、当事者間に争いがないところである。

そうすると、P型ウエルに隣接してN型チャンネルストッパーを形成する方法に係る引用例発明2の方法を、本願発明と同じく第1導電型ウエル領域に隣接して第2導電型ウエル領域を形成する方法である引用例発明1に適用するに当たり、第1導電型ウエル領域上に選択酸化膜を形成する工程において、上記周知技術を適用して、第1導電型ウエルの領域に第1導電型イオンの実質的意味での拡散が生じないようにすることは、当業者にとって格別の困難性はないものといわなければならない。

以上によれば、引用例発明1に引用例発明2を適用し、周知技術を勘案して本願発明の構成とすることは、当業者にとって容易になしうることといわなければならない。

審決は、上記周知技術について論及することなく、本願発明は、引用例発明1に引用例発明2を「単に適用したものに過ぎないから、このようにすることは、当業者にとって格別な発明力を要することということはできない」(審決書8頁18行~9頁1行)と述べており、この点において論旨不十分のきらいはあるが、当該技術分野における周知技術の適用を前提とする場合、これを明記して示さなくとも、当業者にはその趣旨が理解できることが本来というべきであり、審決の論旨も、その趣旨は、上記説示と変わるところはないと認められるから、原告主張の審決取消事由は採用することができず、その他審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

4  よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)

昭和63年審判第22号

審決

東京都新宿区西新宿2丁目4番1号

請求人 セイコーエプソン株式会社

神奈川県小田原市東町1丁目20番34号

代理人弁理士 石井康夫

東京都新宿区西新宿2丁目4番1号 セイコーエプソン株式会社内

代理人弁理士 鈴木喜三郎

東京都新宿区西新宿2-4-1 セイコーエプソン株式会社 特許室

代理人弁理士 上柳雅誉

昭和54年特許願第119808号「半導体装置の製造方法」拒絶査定に対する審判事件(平成1年3月22日出願公告、特公平1-16018)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない.

理由

本願は、昭和54年9月18日の出願であって、その発明の要旨は、当審において出願公告された明細書と図面の記載からみて、特許請求の範囲に記載されたとおりの、

「半導体基板に第1導電型ウエル及び第2導電型ウエルを形成した後、能動素子、受動素子を前記第1導電型ウエル及び前記第2導電型ウエルに形成する半導体装置の製造方法において、前記半導体基板上に酸化に対してマスク作用を有する耐酸化膜を選択的に形成する工程と、前記耐酸化膜を形成した部分をマスクとして前記半導体基板中に第1導電型のイオンを導入することにより前記第1導電型ウエル領域を形成する工程と、前記耐酸化膜をマスクとして前記第1導電型ウエル領域を選択酸化し、前記第1導電型ウエル領域上に選択酸化膜を形成する工程と、前記耐酸化膜をエッチング除去する工程と前記選択酸化膜をマスクとして前記半導体基板中に第2導電型のイオンを導入することにより前記第1導電型ウエル領域に隣接して前記第2導電型ウエル領域を形成する工程を有することを特徴とする半導体装置の製造方法。」にあるものと認める。

これに対して、当審における特許異議申立人高橋良幸が甲第2号証として提出した特開昭49-79189号公報(以下、第1引用例という)には、「N型半導体基体上に二酸化珪素からなるマスク層を選択的に形成する工程と、前記マスクを用いてP型不純物のイオンを選択的に前記半導体基体に導入してP型ボケットを形成する工程と、前記P型ボケット上をホトレジストにより覆う工程と、前記ホトレジストをマスクとしてN型不純物のイオンを前記半導体基体に導入することにより前記P型ボケットに隣接してN型薄層を形成する工程とを備えることを特徴とする相補型電界効果トランジスタの製造方法」が記載されている。

また、同じく同人が甲第1号証として提出した実願昭52-159679号(実開昭54-85976号公報)のマイクロフィルム(昭和54年6月18日特許庁発行)(以下、第2引用例という)には、「n型Si基板表面に第1のSiO2膜およびSi3N4膜を形成する工程と、前記両膜を選択的に除去する工程と、前記両膜をマスクとして前記基板にボロンを打ちこみ、その後酸素雰囲気中の拡散によりp型ウエルを形成すると共にその上に第2のSiO2膜を形成する工程と、前記Si3N4膜および第1のSiO2膜を除去した後、前記第2のSiO2膜をマスクとして前記基板にリンを打ち込むことにより前記p型ウエルに隣接してn型チャンエルストッバーを形成する工程とを備えることを特徴とする半導体装置の製造方法」が開示されており、そして同引用例には「1枚のマスクでウエルの形成およびウエル間のチャンネルストッパを形成することができる。しかも当然のことながらマスク合せの誤差を考える必要がなく自己整合的に行える」旨の記載がなされている。

そこで、本願発明と第1引用例に記載されている発明とを対比、検討するに、第1引用例におけるP型ボケットおよびN型薄層は、本願発明の第1導電型ウエルおよび第2導電型ウエルに、それぞれ対応しており、また第1引用例に示されている二つのウエルを有する半導体装置において、両ウエルに能動素子、受動素子を形成することは当業者の技術常識であるから、結局両者は、「半導体基板に第1導電型ウエル及び第2導電型ウエルを形成した後、能動素子、受動素子を前記第1導電型ウエル及び前記第2導電型ウエルに形成する半導体装置の製造方法において、前記半導体基板上に第1導電型のイオンに対してマスク作用を有する膜を選択的に形成する工程と、前記膜をマスクとして前記半導体基板中に第1導電型のイオンを導入することにより前記第1導電型ウエル領域を形成する工程と、前記第1導電型ウエル領域上に第2導電型のイオンに対してマスク作用を有する層を形成する工程と、前記層をマスクとして前記半導体基板中に第2導電型のイオンを導入することにより前記第1導電型ウエル領域に隣接して前記第2導電型ウエル領域を形成する工程を有することを特徴とする半導体装置の製造方法。」という点では共 しているが、本願発明は、半導体基板上に酸化に対してマスク作用を有する耐酸化膜を選択的に形成する工程と、前記耐酸化膜を形成した部分をマスクとして前記半導体基板中に第1導電型のイオンを導入することにより前記第1導電型ウエル領域を形成する工程と、前記耐酸化膜をマスクとして前記第1導電型ウエル領域を選択酸化し、前記第1導電型ウエル領域上に選択酸化膜を形成する工程と、前記耐酸化膜をエッチング除去する工程と、前記選択酸化膜をマスクとして前記半導体基板中に第2導電型のイオンを導入することにより前記第1導電型ウエル領域に隣接して前記第2導電型ウエル領域を形成する工程を有しているのに対して、第1引用例には、このような工程が記載されていない点で、両者は一応相違している。

よって、上記各相違点について以下検討する。

第2引用例には、n型Si基板表面に第1のSiO2膜およびSi3N4膜を形成する工程と、前記両膜を選択的に除去する工程と、前記両膜をマスクとして前記基板にボロンを打ちこみ、その後酸素雰囲気中の拡散によりp型ウエルを形成すると共にその上に第2のSiO2膜を形成する工程と、前記Si3N4膜および第1のSiO2膜を除去した後、前記第2のSiO2膜をマスクとして前記基板にリンを打ち込むことにより前記p型ウエルに隣接してn型チャンエルストッバーを形成する工程とを備える半導体装置の製造方法が示されており、また上記第2引用例には前記製造方法の効果として、1枚のマスクでウエルの形成およびウエル間のチャンネルストッパを形成することができ、しかもマスク合せの誤差を考える必要がなく自己整合的に行えることが示されており、さらに上記第2引用例におけるSi3N4膜が、酸化に対してマスク作用を有する耐酸化膜であることは当業者の技術常識である。

もっとも、上記第2引用例では、n型領域がチャンネルストッパーであって、n型ウエルではないが、第2引用例の方法は、第1導電型領域に隣接して第2導電型領域を自己整合的に形成する方法であるから、この方法がn型ウエルの形成方法に適用可能なことは、当業者には明らかである。

したがって、半導体基板上に酸化に対してマスク作用を有する耐酸化膜を選択的に形成し、前記耐酸化膜を形成した部分をマスクとして前記半導体基板中に第1導電型のイオンを導入することにより前記第1導電型ウエル領域を形成し、前記耐酸化膜をマスクとして前記第1導電型ウエル領域を選択酸化して前記第1導電型ウエル領域上に選択酸化膜を形成し、前記耐酸化膜をエッチング除去し、前記選択酸化膜をマスクとして前記半導体基板中に第2導電型のイオンを導入することにより前記第1導電型ウエル領域に隣接して前記第2導電型ウエル領域を形成することは、前記第1引用例に示されているP型ウエルおよびN型ウエルを有する半導体装置の製造法に対して、第2引用例に示されている耐酸化膜を利用してP型領域とN型領域とを自己整合的に形成する方法を単に適用したものに過ぎないから、このようにすることが、当業者にとって格別な発明力を要することということはできない。

したがって、本願発明は、上記第1引用例および第2引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成3年4月18日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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